たばこを買うか漫画を買うか

結局、我が事になる時にハラオチする。

「できなさそう」と「できない」を混同してはならない。

やってみたいと思っているのに着手できていないことがある場合、

何かしらのハードルがあるからそうなっている。

 

ただ、往々にしてこのハードルは、

勝手に想像して、勝手に作り上げたものだ。

そしてそれは、やらずに済ませている口実になっている。

 

「できなさそうだ」と思いを巡らせている内は、

何も進んでいないから、さっさと蹴りをつけた方がいい。

 

やってみるか、諦めて忘れるか、どちらかに。

 

 

ずっとシャツを作ってみたいと思っていた。

Tシャツではなく、襟とボタンの付いた長袖のシャツ。

 

でもやってみるまでに3年くらいかかった。

 

最初に思い付いた頃は、漠然とこんなことが課題だと思った。

 

型紙はどこで手にいれるんだろう。

ミシンを持っていないけど手縫いでもいけるんだろうか。

ミシン以外にはどんな道具が必要なんだろう。

そもそも素人が作れるものなのか。

道具と材料で費用はどのくらいだろう。…などなど。

 

すぐに調べたけど、意外に個人で作っていなかったり、

作っていても作り方の詳細までを公開している人はいなかったりで、

やっぱり難しいんだな、と勝手にハードルを作った。

やってみたいけどやれないのは、情報がないせいにした。

自分だけじゃなく世間一般にとっても難易度が高いことに安心した。

 

それからしばらくは、

やれなくても仕方ないものとして放っておいた。

 

3年くらい経った頃まとまった時間ができ、

シャツ作りの願望がむくむく蘇った。

 

今度は本気で調べた。

手始めに本を買い、自力では難しそうだとわかったので、

最終的にはカルチャースクールを探して通った。

 

作ってみたら工程も多く、確かに難しかった。

でも難しいポイントは、型紙を手に入れることではなかった。

勝手な想像は何の意味もなく、

もっと知識・技術・機材それぞれに足りないことがたくさんあった。

できないならできないで、

何が「できない」という結論に至る理由なのか、

はっきりさせるに十分なことはやった。

 

ボタンダウンのシャツが作れた。

 

 

カルチャースクールにあった機材が家には無い。

だからいまは物理的にシャツ作りは「できない」。

でも思い込みからの「できなさそう」ではない。

 

同じ作れない状態でも、前者と後者は全く違う。

できなさそう、は何もしていない。

できない、は結論に辿りついている。

スタートとゴールの違い。

 

できなさそうなことは、本当にできないのか、

きちんと向き合ったらできる可能性があるのか。

 

やってみるか、諦めて忘れるか、

さっさと蹴りをつけた方がいい。

 

そうしないと何も進まない。

スタート地点にぼーっと立っているだけ。

 

「できなさそう」と「できない」を混同してはならない。

 

そういうこと。